そもそも「うすい(ダンナ)」と「濃い(わたし)」顔の組み合わせだったはずの9brand夫婦が、先日ひとから「夫婦で顔が似てますね」と言われてびっくりしました。犬が飼い主に似てくるとはよく言いますが、夫婦も長く一緒にいると、顔が似てくることがあるようですね(わたしとしては決してダンナと顔が似ているとは思わないのですが、雰囲気が似てきた、ということですかね)。

顔だけじゃなく、趣味も性格も指向性も、まるで違うと思っていたわたしたちが、結婚し仕事も一緒にやっていくことについて、周りのひとはだいたい驚いた様子でした。自分でも驚いたぐらいです。

毎日の生活のささいなことから、仕事のことのあれこれ、本当にいろいろと意見がぶつかり、言い争うこともしばしばでした。相手のツボがわかるにつれて、衝突を避ける術も身につけ、違うところを違うと認め合うと同時に、時にはそっちの考えもいいね、と自分の考えを変えることができるようになりました。

自分を変えることが苦痛だと思った場面もありましたが、ふたりの関係を継続していくために、どうすることが最善か、とことん話し合う、お互いの考えを変えても、新しい道をみつける、その努力をつづけています。それがたのしいと思えるから、しあわせなのでしょう。

9brandの製品たちを見てみると、お互いにもしもひとりでやっていたら出てこないこと、ふたりだから今のかたちになっている、とよく思います。それはお互いに妥協点を見つけることではなくて、ふたりの新しいかたちをつくること。それがひとりでやることよりも、良いものであると思うから、継続していくことができます。

ダンナがあまりに熱心にカンフーにはまっているので、そんなにいいならと思い一緒に太極拳をしてみたり、他人の手を経たものに抵抗があると言っていた潔癖性のダンナが、わたしにつきあって骨董市に足を運ぶようになったり、お互いになかった部分を素直に取り入れてみると、そこから新しい自分がまたつくられていきます。

共通する部分と異なる部分が混在し、それらがぶつかりながらも混ざり合って、生活も作品も、そうやって夫婦でつくっていくのだと思っています。



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